印章鑑定

 

印影鑑定の概要

1.印章鑑定

 印章鑑定は,印影と印影を比較検査して,それらが同一の印顆により押印されたものか否かを判断するものである。また,印章鑑定では,上記のような印影の照合・識別のほかに,割り印の連続性の有無,あるいは印影と文字との上下関係の判定,印影の偽造方法の特定等も行なわれている。

2.印影の偽造

 印影の偽造には,印影を直接的に偽造するものと,偽造印章や偽造印章類似物(印面)を製作して押印を行うものとがある。
 前者には,油紙等による朱肉転写法,写真孔版印刷(いわゆるプリントごっこ)等,あるいはフルカラーコピーやパーソナルコンピュータによる画像の複写などがあり,後者には,光電式や画像入力方式の自動彫刻機による印章の彫刻,写真製版方式や光化学反応方式による感光性樹脂版による印面の製作などがあって,いずれの場合も真正印影を原稿として偽造が行われる。
 過去において印章は,1本1本がいわゆる手彫りによって製作されていたが,近年では原図や母型,あるいはスキャナー入力画像やコンピュータ登録画像などを使用する機械加工法が登場し,印面が共通の同形印章の製作が可能となっている。これらの偽造印影では図形的に真正印影と一致する可能性があり,原稿の印影に存在する欠損等の形態的特徴などが偽造印影にも再現される場合があることは否定できない。この同形印章は,「印面形状が近似している」ため,この種の印章で押印した印影では,押印にともなう再現状態の変動によって印章の照合や同識別が困難になる場合が少なくないが,印面を彫刻する針が研磨,摩耗によって形状が変化することや,印面を仕上げるための修正彫りやヤスリ痕の模様などが異なり,「印面の詳細な形状がまったく同一である」とまでは言えなく,印章の照合や識別が可能となる。ただし,押印状態によっては,ある印章で押印した印影の変動の範囲内に,異なる印章で押印した印影が含まれれば,異同の判断が困難になる場合もある。
 なお,真正印影を見本として,印影を用紙に直接手描きする方法や,手彫りにより印章を製作する方法等もあるが,これらの方法による偽造印影では図形的に細部まで真正印影と一致させることは困難である。

3.印影の変動

 印影は,文字等を彫刻した印顆の印面に朱肉等を付着させ,これを紙面等に押印することにより得られるものであるが,同一印章で押印した印影といえども,朱肉等の種類(硬軟や材質),用紙の種類(硬軟や材質,平面性),押印台の種類(硬軟や材質,平面性)等が押印される印影に影響を与えるため,それらが異なると紙面への朱肉の転移に差異を生じ,印面の再現状態が変動する。また,印面の朱肉等の付着量,押印の際の押印圧の強弱,印顆の傾斜や押印ずれ,あるいは宿肉やマージナルゾーンなどの影響も受けるため,印顆の印面と印影とでは,厳密にいえば画線の状態が全く同一とはならず,個々の印影相互間には差異が生じやすい。
 印章鑑定はこれらの変動や差異を考慮して行われるが,印章には,印章自体の特徴(材質),印面に固有の先天的特徴(彫残し,仕上げ痕等)や後天的特徴(印面の摩耗,欠損等)などがあるため,それらはいずれも印章鑑定の過程において欠くことのできないものとして印影の拡大画像検査以前に拡大観察検査により確認する。なお,カラーコピー,ファクシミリ,印鑑登録証明書のように機器から出力された印影の画像を対象とする場合では,複製方式,複製画像の状態,複製にともなう画像の変動などの検査も欠くことはできない。

4.印影の検査方法

 印影の拡大画像検査は,比較対照する検体印影を同一倍率で拡大した画像を用いて行うが,法科学分野の法文書鑑定における現在の印章鑑定では,主に拡大画像を重ね合せる方法,あるいは拡大画像に平面幾何図形を投影する方法などのパターン検査法が利用されており,印影を重ね合せる方法には,銀塩写真及びジアゾ写真等を利用するアナログ方式,あるいは画像処理装置やパーソナルコンピュータなどの機器等を利用するデジタル方式の検査が行われている。
印章鑑定は上記のように,拡大観察検査と拡大画像検査の両面から進められ,それらの検査成績から総合的に検討されるが,そこでは,印章及び印影に関する各種の実験又は調査結果を参考とし,印章の製作方法又は偽造方法,押印による印影の変動,あるいは複製印影の状態などを含めた検討を行い,印影の照合や識別をしている。